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  ついにある日、「試験飛行」をしているうちに、彼はアンデス山脈の囚人になっていることに気づいた。
 標高四千メートルの、絶壁のある台地に不時着して、機関士と彼は二日間、脱出する方法を探し求めた。彼らは囚われてしまっていた。

 以下未訳





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                      Ⅱ
                    仲 間 達

                       1

 メルモを含んだ、数人の仲間達は不服従地帯のサハラ砂漠を越える、カサブランカ~ダカール間のフランスの路線を確立した。当時のエンジンはほとんど耐久力がなかったので、故障によってメルモはモール人の手に渡ることになった。彼らは彼を虐殺するのをためらい、彼を十五日間、捕虜にして、それから身代金と引き換えになった。それなのにメルモは同じ地区の上を通る郵便飛行を再開した。
 南米路線が開かれると、いつも時代の先端を行くメルモはブエノスアイレス~サンティアゴ間の調査を担当させられた。つまりサハラ砂漠に橋を架けたあとは、アンデス山脈の上に橋を架けることだった。彼は上昇限度五千二百メートルの飛行機を預けられた。アンデス山脈の頂は七千メートルの高さにそびえている。それでメルモは山峡を探しに離陸した。砂のあとに、メルモは山にも立ち向かった。風の中、雪のスカーフを放すその峰々にも。雷雨を前にした、光の薄れた状況にも。ふたつの岩壁にはさまれて、一種の真剣勝負をパイロットに強いる、非常に激しい乱気流にも。メルモは敵対者を何も知らないで、それほどの重圧から生きて脱出できるかどうかも分からずに、戦いの中に身を投じていた。メルモは他の人達の為に「試験飛行」をしていたのだ。


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すでに彼はそのことを考慮していて、塊を測定する。真の言語活動が塊を彼と結びつけるのだ。とがった山頂が見える。まだ遠い。どんな表情をそれは見せるのか? 月の光を浴びて、それは便利な目印になるだろう。だがパイロットが計器飛行をしていて、コースから流され、その修正が難しく位置に疑いがある場合、とがった山頂は爆薬に変わり、闇全体をその脅威で満たすだろう。それは流れるままに漂う、たった一個の浮遊した機雷が海全体を損なうことと同じようだ。
 大洋もまたそのように変化するものだ。普通の乗客達にとって、嵐は目に見えないままだ。とても高いところから注視すると、波は少しも凹凸を示さないし、大量の波しぶきも不動のように見える。ただ偉大な白い棕櫚だけが、一種の凍結で固まり、葉脈とバリを強調して広がっている。だが搭乗員はすべての着水がここでは禁止されていると判断する。それらの棕櫚は、彼にとって巨大な毒の花のようなものだ。
 そして飛行が幸せなものであっても、路線の一区間のある所を操縦しているパイロットは、単なる光景を見物しているわけではない。大地や空の色、海を吹く風の跡、夕暮れの金色の雲、彼はそれらに少しも感嘆しないで、熟考する。自分の所有地を一巡して、多くの前兆から、春の歩み、霜の脅威、雨の前触れを予見する農夫と同じように、職業パイロットもまた、雪の前兆、霧の前兆、至福な夜の前兆を見抜く。最初、それらから彼を引き離すように思われた機械は、さらにより多くの厳密さで、彼を自然の大問題に従属させている。嵐の空が彼に開く巨大法廷の真ん中で、たった一人でそのパイロットは山、海、雷雨の三大神と彼の郵便物を争うのだ。






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 しかしながら、あちこちの着陸地が次々に目覚めてきた。僕達の対話にアガディール、カサブランカ、ダカールの声が混じっていた。各都市の無線局が各地の空港に通報していた。各地の空港の長が仲間達に通報していたのだった。そして少しずつ、彼らは病人のベッドの周りに集まるように、僕たちの周りに集まってきた。むなしい熱意だが、それでも熱意に変わりはなかった。不毛な助言だったが、なんと優しかったのだろうか!
 すると急にトゥールーズが現れた。路線の起点で、四千キロ向こうで見失ったトゥールーズなのだ。トゥールーズは僕達の間にあっさりと割って入った。しかも前置きもなく。「操縦の飛行機はF. . . (僕は登録番号を忘れてしまった)なのか?」 「そうだ」 「それならば、まだ二時間分の燃料がある。その飛行機のタンクは標準のものではない。シスネロスに向かえ」

 そういうわけで、職業に課するいろいろな必要性は世界を変え、豊かにしている。路線のパイロットに、古い光景の中に新しい意味を発見させるためには、このような夜を必要とするわけではない。乗客をうんざりさせる単調な風景は、搭乗員にとって既に別なものになっている。地平線をふさぐその雲の塊も、彼にとっては景観であることをやめる。それは彼の筋肉に関係するだろうし、彼にいろいろな問題を提出するだろう。

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 僕達はまったく不思議な偶然によって救われた。シスネロスに戻る希望を見限って、海岸のほうに直角に飛行しながら、燃料が切れるまで進路をとるように決める時が来た。そういうわけで僕は海に沈まない少しの可能性を留保していた。残念ながら、目を欺いたいくつかの灯りは神のみが知るところへ僕を引き寄せてしまっていた。さらに残念ながら、最もうまくいった場合でも、真夜中に急降下を余儀なくされる濃い霧があるので、僕達は大惨事なしで着陸する可能性はほとんどなかった。だが僕には選択の余地はなかった。
 状況はとても明白だったので、僕は憂鬱そうに肩をすくめていた。そのときネリは、一時間前なら僕達を救ったかもしれないメッセージをそっと僕に渡した。「シスネロスは僕達に手助けすることを決めた。シスネロスは疑わしいが、二百十六度を指定している. . . 」 シスネロスはもう闇の中に埋もれていなかった。シスネロスは僕たちの左の方に確実に現れていた。そうなんだ。だが距離はどれくらいなんだろう? ネリと僕は短い会話をした。遅すぎる。僕達は意見が一致していた。シスネロスに向かえば、僕達は海岸に着かない危険が増大していた。それでネリは返信した。「燃料は一時間のみのため、九十三度の針路を維持する」

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僕は読んだ。「ドゥ サン-テグジュペリ殿、私は貴殿に対し、カサブランカの出発に際し、格納庫のすぐ近くで方向を変えたことで、パリに懲罰を要求する義務を認められる」 僕が格納庫のすぐ近くで方向を変えたことは本当だった。その男が立腹して、彼の職責を全うしたのも本当だった。空港の事務所の中でなら、僕は謙虚にその叱責を受けたであろう。だがそれは届いてはならない所で、僕達に届いた。そのあまりにも少ない星、霧の層、脅迫的な海の流儀の中で、それは調子外れに歌っていた。僕達は自分達の運命、郵便物の運命、船の運命を手中にして、生きるための舵取りに散々苦労していた。それなのにその男は僕達に対して、彼の小さな恨みを晴らしていた。だがネリと僕はいらいらするどころか、突然大きな喜びを感じた。そこでは、僕達は支配者だった。彼は僕達にそのことを明らかにした。まさか伍長の彼は、僕達が大尉になったことを袖で見ていなかったのか? 彼は夢想している僕たちの邪魔をしていたのだ。そのとき僕らは大熊座と射手座の間をおごそかに行きつ戻りつしていたし、僕達の立場で没頭できるであろう唯一の問題は、月の裏切りだった. . .
 差し迫った責務は、その男が連絡してくるこの惑星の唯一の責務は、星々の間で計算するために、正確な数字を僕達に送ることだった。なのにそれらは間違っていた。 その他に関しては、一時的に、その惑星は沈黙さえすればよかった。  ネリは僕に書いた。「くだらんことに暇つぶししないで、あいつらは僕達をどこかに連れ戻すべきなのに. . . 」 「あいつら」とは彼にとって、下院、上院、海軍、軍隊、皇帝達をも含めた地球の全国民を要約していた。そして僕達に用があると言う馬鹿げたメッセージを再び読みながら、僕達は水星のほうに機首を回していた。 

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僕達を理解させるためには、単純な言葉で僕達に話す必要がある。したがって生きる喜びは僕にとって、その香り高く熱い最初の一口の中に、コーヒーとミルクの味がするパンの中に集まっているし、それによって異国風のプランテーションと静かな牧場と収穫物と考えを共にする。それによってすべての大地と考えを共にする。とても多くの星の中で、夜明けの食事のかぐわしい一碗を作り、僕達のところに持ってきてくれる星はひとつしかない。
 だが僕達の船と人の住む陸地との間には越えがたい隔たりが山程あった。世界のすべての富は、星座の間で迷っている、取るに足りない一粒の所にあった。それを見分けようとしている占星術者のネリは星々に絶えず哀願していた。

 彼の握りこぶしが突然、僕の肩を乱暴に押した。その押して知らせた紙切れを、僕は読んだ。「すべて順調だ。すばらしいメッセージを受け取った. . . 」 そして僕は胸をときめかせながら、僕達を救うだろう五、六の単語が書き写し終わるのを待っていた。ついに僕はそれを受け取った。天からの贈り物を。
 それは僕達が昨夜離れたカサブランカの日付が書かれていた。通信が遅れたので、2000キロ離れ、雲と霧の間にいて、海上で迷っていた僕達に、それは突然届いた。そのメッセージはカサブランカ空港の駐在員から出ていたものだ。

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「灯が見える。そちらの灯を消し、三度点灯してください」 ネリはシスネロスの着陸地に命じていた。シスネロスは灯を消し、再び点灯していたが、僕達が見ているその無情な灯はまばたきしなかった。清廉な星だった。
 燃料が尽きかけていたにもかかわらず、僕達は金の仕掛けに、その都度、食いついていた。それはその都度、本当の航空灯台の光だった。それはその都度、着陸地や命だった。それから僕達は星を替えねばならなかった。
 それ以来、僕達は惑星間の空間に、到達不能の百の惑星間に迷い込んだように感じていた。唯一で真実の惑星、僕達の惑星、なじみの風景や感じのよい家々や優しさが唯一含んでいる惑星を探し求めながら。
 唯一含んでいる惑星を. . . 僕に現れたその時のイメージを述べよう。あなた方は多分子どもっぽいと思われるだろう。しかし危険の只中にいても、人は人間への関心を持ち続けていて、僕は欲求し、渇望していた。僕達がシスネロスを捜し出したなら、燃料を満タンにしてすぐに飛行を続け、夜明けの冷気の中、カサブランカに着陸するのだが。仕事は終わるのだ! ネリと僕は町へ出かけて行き、夜明けに、もう開いているビストロを見つける. . . ネリと僕は安心してテーブルにつき、焼きたてのクロワッサンとカフェオレを前にして過ぎ去った夜を笑うし、ネリと僕は朝の贈り物を人生から受け取るのだが。そのように年とった農婦も、彩色した聖画像、素朴なお守り、ロザリオを通してはじめて、神にたどりつく。

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 僕達はもう沿岸に戻る確信もなかった。たぶん燃料が足りなかったから。だがひとたび沿岸に戻っても、着陸地を捜し出さねばならなかった。ところが月の入りの時刻だった。方位情報がなく、すでに耳が機能していない僕達は、少しずつ目も機能しなくなっていた。月は雪原に似た霧の中で、弱い燠のようになって消え終えていた。今度は頭上の空が雲で覆われ、僕達はそれ以降、雲と霧の間で、すべての光とすべての実体のない世界の中を飛行していた。 
 僕達に応答していた着陸地は、僕達自身の情報を僕達に与えることを諦めていた。「方位測定できず. . . 方位測定できず. . .」 というのは僕達の声があちこちから伝わり、どこにいるのか分からなかったのだ。
 すると突然、僕達がもう絶望していたとき、輝くひとつの点が前方左手の水平線上に現れた。僕は熱い喜びを感じ、ネリは僕のほうに身を傾け、歌っているのを聴いたのだ! それは着陸地でしかありえなかった。その航空灯台でしかありえなかった。というのはサハラ砂漠は夜、全体が消え、大きな死の地域になるからだ。しかしながらその光は少しきらめいて、消えた。僕達は沈むときに見える星に方向をとってしまっていた。それはただ数分間だけ、水平線上に、霧の層と雲の間にあった。
 そのころ僕達は他の光がいくつか現れるのを見て、それらに代わる代わる、かすかな希望を抱いて方向をとっていた。そしてその灯が長く点いていたなら、僕達は生きるために必要な試みをしていた。

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彼は自分の正面に、刻々と幾つもの竜巻の尾が、壁を建てるように狭まっているのを見た。それから夜が壁の上におりてきて、それらを隠すのを見た。そして彼が雲の下を1時間、巧みに進んだとき、途方もない王国が姿を現した。
 そこには海の竜巻が集まりあってそびえ立ち、神殿の黒い列柱のように不動の外観を見せていた。先端がふくらんだそれらは、嵐の暗く垂れ下がった丸天井を支えていたが、その丸天井の裂け目を通して光のすそが射しこみ、列柱の間から見える満月が、海の冷たい敷石の上で光り輝いていた。そしてメルモは無人の廃墟を横切って自分のルートを追い求めた。光の道から道へと斜めに進み、海の上昇が疑いもなく差し迫る巨大な列柱を回避し、4時間、流れ出る月光を浴びながら、神殿の出口の方に向かった。そしてその光景があまりにも圧倒的だったので、メルモはひとたび赤道無風帯を飛び越えると、自分が恐怖を感じていなかったことに気づいたのだ。
 僕もまた現実世界の境界を飛び越える、そういう時間のひとつを覚えている。その夜はずっと、サハラの着陸地によって伝えられる無線の方位測定が誤っていた。そして電信技士のネリと僕は重大な間違えをしてしまった。霧の亀裂の奥に海面が光っているのを見たとき、僕はいきなり沿岸の方に針路を変えた。僕達はどれくらいずっと沖へ進んだのか知ることができなかった。

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機関士は地図に印をつける。そして、もし山岳の位置が変わっていたり、左に回ろうとした山頂が、秘密の軍事的準備のように彼の正面に展開したら、パイロットはルートを修正する。
 地上で夜勤する無線通信士達に関して言えば、彼らは仲間からの指図を同時に、慎重にノートに記入する。「0時40分、航路230度、機上異常なし」
 今日、搭乗員はそのように飛行する。彼は自分が動いているようには少しも感じない。夜間、海上を飛ぶように、彼はすべての目標からとても遠くにいる。だがエンジンは明るい機内を、その実質を変える軽い沸騰音で満たしている。だが時はめぐる。だが文字盤の中で、真空管ラジオの中で、計器の針の中で、目に見えないすべての錬金術が続けられる。1秒1秒、秘密のしぐさ、押し殺した言葉、その配慮が奇跡を調合する。そしてその時が来たとき、パイロットは、確実に、ガラスに額をつけることができる。無から金が生まれたのだ。それは着陸地の灯火の中で光り輝いている。
 しかしながら、僕たちは飛行のすべてを体験してきた。それは、突然のことだが、個人的な見方で考えると、僕達がインドにいて隔たりを感じなかったかもしれないように、着陸地に2時間の所で僕達は隔たりを感じてしまって、もう戻れないのだという飛行だった。

 たとえば、メルモが最初に水上飛行機で南大西洋を越えたとき、彼は日暮れの頃、赤道無風帯に近づいた。

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君はさまよえる惑星の住人ではないし、答えのない問題を自分に出したりはしない。君はトゥールーズのプチブルジョワだ。まだ時間があるときに、だれも君の両肩をつかんでしまうことはなかった。いまや君が創られた粘土は乾き、固くなっていて、最初たぶん君に宿っていた、眠れる音楽家、詩人あるいは天文学者を今後は誰も君に目覚めさせることができないだろう。
 僕はもうたたきつける雨に不満を言わない。職業の魔力が僕にひとつの世界を開いている。2時間以内に、そこで僕は黒いドラゴン達と、青い稲妻による光を冠のように頂いた峰々と、立ち向かっているだろう。そこで、夜が来て、解放されて、僕は天体に自分の道を読み取るだろう。

 そのように僕たちの職業的洗礼は行われた。それから僕たちは往復飛行を始めた。それらの往復飛行はたいていの場合、平穏なものだった。僕たちはプロの潜水夫のように、穏やかに僕たちの領域の深部へ降りて行った。それは今日よく探求されている。パイロット、機関士そして無線通信士はもはや冒険を試みないで、実験室に閉じこもっている。彼らは計器の針の動きに従っていて、もはや風景の広がりには従っていない。外では暗闇の中で山岳が沈んでいるが、それはもはや山岳ではない。それは接近を計算しなければならない、目に見えない潜在的存在だ。無線通信士は明かりの下で慎重に数字を記入する。

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「障害また障害の路線飛行を知らん人が、もし吹雪に出会ったら、俺は同情するよ. . . ほんとに! 俺は同情するよ! . . . 」 彼らは威厳を保つ必要があった。僕達のうぶな無邪気さを同情するかのように、僕達をすこし気詰まりに哀れんで、顔をしげしげと見ながら頭を横に振っていた。

 それから、実際に僕達の何人が、今までこのバスを最後の避難所にしていたのだろうか? 60、80? 雨の朝、無口なその同じ運転手によって運ばれていた。 僕は周りを見ていた。光る点々が暗がりの中で輝いていた。それらのタバコはそれぞれの黙想のしるしだった。年とった従業員たちの取るに足りない黙想。僕達仲間のどれだけが、参列の役目を務めていたのだろうか?
 僕は声をひそめた打ち明け話も耳にした。それは病気、金銭、家庭のくだらない心配事だった。それはその男達が閉じこもっていた、くすんだ牢獄の壁を明らかにしていた。しかも突然、運命の姿が僕に感じられた。
 年寄り役人。ここにいる僕の仲間。誰も君を決して抜け出させはしなかった。君にはそのことに少しも責任はない。君は、光の方をすきま越しにまったく見えなくするために、セメントで白蟻がするように塞ぎ、君の平和を築いてきた。君はブルジョワの安全、ルーティンワーク、田舎の生活にある息苦しい慣習、それらの中に体を丸めてきたし、いろいろな風や潮や星に対しても、そのしがない壁を築いてきたのだ。君は大きな問題には少しも気にかけたくないし、君の社会階層をどうしても忘れることができない。

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 「本当に? 彼は通過できなかったのか? 引き返したのか?」
 それに対してバスの奥からただ返事がした。「いいえ(ノン)」。 僕達は続きを待ったが、どんな言葉もなかった。何秒かが経つにつれて、その「いいえ」にはほかのどんな言葉も続かないだろうということが、その「いいえ」は最終的なものだろうということが、レクリヴァンがカサブランカに着陸しなかっただけではなく、決して彼がどんな場所にも着陸しないだろうということが、明らかになってきていた。

 そういうわけでその朝、最初の郵便飛行の夜明けに、今度は僕がその職業の聖なる儀式に従っていた。そして街灯を反射して光る砕石舗道をガラス越しに見ながら、僕は自信が足りないように感じていた。そちこちの水溜りには風でできた偉大な棕櫚が見えていた。それから僕は考えていた。「初めての郵便飛行だというのに. . . まったく. . .ついてないな。」 僕は視察官のほうに目をあげた。「悪天候になりますか?」 視察官は窓ガラスのほうに鈍い視線を向けた。「これでは何もわからんよ」 彼はようやくつぶやいた。それで僕はどんな兆候で悪天候がわかるのか自問していた。ギヨメは先輩たちが僕たちに浴びせかけていた不吉な前兆のすべてを、たったひとつのほほ笑みで、前日の晩、消してくれていた。だがそれらのすべてが僕の記憶によみがえってきた。

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 トゥールーズの薄暗い冬空の下、無名のチームの中で混同されている仲間達それぞれは、そういうわけで、同じような朝によって、彼の中に王者が成長しているのを感じてしまっていた。その彼は5時間後に、彼の後ろに北フランスの雨と雪を見捨て、冬を捨てながら、エンジンの回転数を下げ、アリカンテのまばゆいばかりの太陽が輝く、夏の只中に降下し始めていたのだった。

 その古いバスは姿を消したが、その重々しさ、窮屈さは今も僕の記憶の中に残っている。そのバスは僕らの職業のどぎつい喜びを得るために必要な準備をよく象徴していた。身にしみる節制のすべてがそこでは必要としていた。霧の昼か夜に永遠の引退となった100人の路線便の一人である、パイロットのレクリヴァンの死を、10語も交わされない会話によって、僕は3年後そこで知ったことを思い出す。
 そのような朝の3時に、同じ沈黙が支配していた。そのとき僕達は陰で見えない支配人が視察官に声をあげるのを聞いた。
 「レクリヴァンが昨夜、カサブランカに着陸していなかった」
 「え!」 視察官が返事をした。「で?」
 そして夢の途中から引き離された彼は、目を覚まそうと、熱意を示そうと、努力した。彼はつけ加えた。

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ようやくバスは通りの角に現れる。その昔のバスはガチャガチャした音を撒き散らしていた。そして仲間たちがしたように、今度は僕が寝起きの悪い税関吏と何人かの役人の間に窮屈に座る権利を持った。そのバスはこもったにおい、埃だらけの役所のにおい、ある人の人生が埋もれている古い事務室のにおいがしていた。バスは500メートルごとに停車していた。書記官一人、さらに税関吏一人、さらに視察官一人を乗せるためだった。すでにそこで眠り込んでいた人達は、なんとか詰め合わせて新たに乗ってきた人の挨拶に対して、曖昧にうなって返事をしていた。そして今度は彼もすぐに眠り込んでいた。それはトゥールーズの不揃いな石畳を行く、悲しい荷車のようだった。路線のパイロットは役人たちに混じると最初はほとんど彼らと異ならなかった. . . しかし街灯がまばらになり、しかし戦場に近づくと、しかしその古い揺れるバスはもう人間が変貌して出てくる灰色の蛹でしかなかったのだ。 
 仲間達それぞれは、そういうわけで、同じような朝によって、彼自身の中に、検査官の邪険に振り回される傷つきやすい部下の内部に、あるものが生まれるのを感じてしまっていた。それはスペインとアフリカの郵便輸送の責任者であり、3時間後にオスピタレットの稲妻ドラゴンと立ち向かい . . . 4時間後にそれに打ち勝ち、まったく自由に全権を行使して、海経由で迂回するかアルコイ山塊をまっすぐ襲撃するかを決定し、雷雨、山岳、大洋と交渉する人間なのだった。

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 僕がその夜から受け取ったいくつかのメッセージを彼らはすこしも受け取っていなかった。というのは、たぶん来そうな吹雪はまさに僕の肉体に関わるものだったし、それは僕の最初の飛行を複雑にするものだったからだ。星々はひとつずつ消えつつあったが、その歩いていた人たちは、どうしてそれを知りえようか。その打ち明け話を聞いたのはぼく一人だけだった。戦闘の前に敵の配置を僕に知らせてくれていたのだ. . .
 しかしながら、それほど重大に僕を巻き込むそれらの合言葉を、僕はクリスマスの贈り物が輝く、明るいショーウィンドーの近くで受け取っていた。そこには夜に、地上のすべての財産が陳列されているようだった。それなのに僕はそれを放棄する思い上がりに酔い痴れていた。ぼくは危機に瀕した戦士だった。夕べの祝宴に使う煌めくそれらのクリスタル製品、それらのランプの笠や本なんか僕にはどうでもいいことだ。すでに僕は吹きつける雨の中にいた。路線パイロットとしての僕は飛行の夜々の苦い果肉をかじっていた。

 僕が起こされたのは朝の3時だった。すばやくブラインドを押した。町に雨が降っていることをよく見て、重々しく服を着ていた。
 半時間後、ちいさな旅行かばんに腰をかけて、雨に光った歩道で、僕を乗せるバスを順番に待っていた。僕より前のたくさんの仲間たちも、聖別の日に、すこし胸を締め付けられる思いで、その同じ待つ時間を耐えていたのだ。 

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不時着地の楽園の中で、草の下に長々と寝そべっているそのヘビは、ここから2000キロ離れたところで僕を狙っていた。その最初のときに、ヘビは僕を火達磨に変えるのだろう. . .
 僕はまた、丘の中腹で戦闘配置して攻撃の準備ができた30頭の闘羊に対して、敢然として待ち受けていた。「この牧場はあいていると君は思う。ところがどっこい! 30頭の羊が車輪の下に駆け降りて来るんだ. . . 」 僕はといえば、そんなに危険な脅威に対して、驚いて苦笑するしかなかった。
 それから、少しずつ、僕の地図のスペインはランプの下で、おとぎ話の国になっていった。僕は不時着の場所と罠に十字の印をつけた。僕は農場主、30頭の羊、小川に印をつけた。僕は地理学者が無視してしまった羊飼いの娘を正確な場所に書き込んだ。

 ギヨメに別れの挨拶をしたとき、冬のとても冷たいその夜を、僕は歩きたくなっていた。僕はコートの襟を立て、事情の知らない通行人達の中を、若い熱意を連れて歩いていた。僕は心に秘密を持ち、見知らぬ人々とすれ違うのが誇らしかった。野蛮人の彼らは僕を知らずにいるが、日の出に、彼らの不安や胸の高まりを、郵便袋の積荷と一緒に彼らが託すことになるのは、この僕なんだ。彼らが希望を引き渡されることになるのも、僕の手中に握られている。だから、コートにすっぽり包まれた僕は、彼らの中を保護者ぶって歩いていたが、彼らは僕の気遣いなんか分からないのだった。

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 だが僕がそこで受けた地理の授業は、なんと奇妙だったことか! ギヨメはスペインを僕に教えなかった。彼はスペインを僕の友達にした。彼は僕に、水圏も人口も家畜も話さなかった。グアディスについても話さなかったが、グアディスの近くの畑の端にある3本のオレンジの木について話をした。「それらに気をつけるんだ。地図にマークするんだ. . . 」 それで3本のオレンジの木はそれ以降、シエラネヴァダ山脈よりもそこで幅を利かすことになった。彼はロルカについて話さなかったが、ロルカの近くの普通の農場について話をした。今も続く農場について。その農場主について。その妻についてだ。僕らから1500キロも離れていて、空間の中に埋もれたその夫婦は、とてつもない重要性を持っていた。山の斜面にすっかり落ち着いて暮らしながら、灯台守のような彼らは、彼らの星々のもとで人間たちに救いを与えようとしていた。
 そういうわけで僕らは世界のすべての地理学者に知られていない細部を、彼らの無視や途方もない閑却の中から引き出していた。というのは、いくつもの大都市に水を供給するエブロ川だけが、地理学者の関心を引くからだ。モトリルの西にある草の下に隠れた小川、30ばかりの花の養父なんか問題外なのだ。「その小川に気をつけろ。それは畑を駄目にする. . . それも同じく地図に記入するんだ」 ああ! 僕はモトリルのヘビを覚えていることになるだろう! それはぜんぜん目立たなかった。それはわずかなせせらぎの音で、かろうじて少しの蛙達を喜ばせていた。だがそれは片目を開けて横になっていた。


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それで、僕は多くの弱気と誇りの混じった気持ちを抱えて、仲間のギヨメのところに徹宵(てっしょう)の夜を過ごしに行った。ギヨメはその路線を僕に先立って飛んでいた。ギヨメはスペインの鍵となる場所を手に入れる要領を知っていた。僕にはギヨメから秘儀を伝授してもらう必要があった。
 僕が彼のところに入っていくと、彼はほほ笑んだ。
 「その知らせは知ってるよ。きみは満足かい?」
 彼はポルトワインとグラスを取りに戸棚に行き、ずっとほほ笑みながら僕のほうに戻った。
 「さあ祝杯を挙げよう。今にわかるさ。うまくいくよ」
 彼はランプが光を放つように信頼の光を放っていた。その仲間は、後でアンデス山脈と南大西洋の横断で、郵便飛行の記録更新をした人だった。それより数年前のこの晩に、上着を脱ぎランプの下で腕組をして、最大のほほ笑みを浮かべながら、彼は僕にただ言った。「雷雨、霧、雪、それが時々君を困らせるだろう。その時、君の前にそれを経験したすべての人のことを思いなさい。そしてただ自分に言うんだ。ほかの人が成功したのだから、今でも成功できるんだ」。しかしながら僕は自分の地図を広げて、その往復を僕と一緒に少し検討することをやはり彼に頼んでいた。そしてランプの下で体を傾け、先輩の肩に寄りかけ、僕は学校時代の平穏を思い出していた。


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 すると急に、雲の上に出たときに見出す、とても平穏でとても単純なあの静かな世界が、僕にとって未知の価値を帯びるのだった。その心地よさが罠だった。そこの足下に広がる、広大な白い罠を僕は想像した。人々のざわめきや、心の動揺や、町での活気ある荷車の往来が、みんながそう思っているように、その下にあるのではなく、更なる絶対的な静寂と最終的な平穏が広がっていた。その白い鳥もちは僕にとって現実と非現実、既知と不可知なものの境界になっていた。そして文化、文明、熟練的職業を身につけなければ、光景が意味を持たないことを僕はすでに察していた。山地の住人も雲海をよく知っていた。けれども彼らはそこに想像を絶する幕を見出してはいなかった。

 その執務室を出たとき、僕は子どもっぽい誇りを感じていた。今度は僕が、夜明けから、乗客たちの荷物とアフリカの郵便物に責任を持とうとしていた。しかし僕はとても謙虚な気持ちも感じていた。準備が足りないと気づいていたから。スペインは不時着の場所が乏しかった。差し迫った故障に直面して、非常時の着陸場所をどこに求めるのか分からないのが心配だった。僕が必要な教訓をそこに見つけ出せないまま、地図の不毛について、僕は考え込んでいた。


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 僕が順番として支配人の執務室に呼ばれる夕方が、ついに来た。彼は僕にあっさり言った。
 「明日、出発してもらおう」
 彼が僕に戻るようにと言うのを待ちながら、僕はそこに立ったままでいた。だが、沈黙の後、彼はつけ加えた。
 「注意事項は充分わかっていますね?」
 その当時のエンジンは、現在のエンジンほどの安全性が少しもなかった。しばしば、予告もなく突然エンジンは食器が割れる大音響のなかで、僕らを見放す。しかも、ほとんど不時着の場所のないスペインの岩だらけの地表に向かって、その人はお手上げだった。ぼくらは言っていた「ここで、エンジンが壊れたら、飛行機も、ああ!同じ運命になるんだ」。だが飛行機は取り替えがきく。重要なことは、何よりもまず盲目的に岩山に近づかないことだった。さらに僕らに禁止していて、いちばん重い罰になるのが、山岳地帯の上空の雲海上を飛ぶことだった。故障した状態でパイロットが白い麻くずの中に突っ込むと、気づかずに山頂に衝突する恐れがあった。
 その呼ばれた夕方、注意事項について最後にもう一度ゆっくりした声で強調していたのは、そのためだった。
 「スペインの雲海上を羅針盤で飛行するのは面白いし、粋だ。しかし. . . 」
 そして、再びもっとゆっくり言った。
 「. . . しかし、忘れないようにな。雲海の下は. . . 永遠なんだぞ」


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 そういうわけで僕はビュリーが戻ったときのことを思い出す。彼はその後コルビエールで事故死したのだが、その古参のパイロットは僕たちの真ん中に来てすわり、まったく喋らずに重々しく食事をしていた。その両肩にはまだ労苦の重圧が残っていた。悪天候の日の夕方のことだった。その路線の最初から最後まで、空はじめじめしていて、すべての山々が卑劣な仕打ちのようにパイロットに向かって転がってくるように見えるのだ。僕はビュリーを見ていたが、つばを飲み込んでから、彼の飛行が困難だったのかどうかやっと尋ねた。ビュリーは聞いていなかった。額にしわを寄せ、料理に向かって身をかがめていた。悪天候のとき無蓋の飛行機では、よく見るためにフロントガラスの外へ顔を出す。すると風の平手打ちをうけ、長いこと耳の中では風が響いていた。ようやくビュリーは顔を上げた。声が聞こえていたらしく、思い出して急に明るく笑い始めた。その笑いに僕は驚いた。ビュリーはほとんど笑わない人だったし、その短い笑いは彼の疲れた顔を輝かせるものだったからだ。彼は自分の勝利について他に何も説明しないで、身をかがめ、再び黙って食べ始めた。だが灰色のレストランで、その日のしがない疲れを癒す小役人たちの中にいて、両肩に重圧を残したその仲間は、僕にとって不思議な貴族のように見えた。彼の粗野な外見の内側には、ドラゴンに打ち勝った天使が現れていた。


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                       路 線

 1926年のことだった。僕は若い路線パイロットとしてラテコエール社に入社したばかりだった。その会社はアエロポスタル、次のエールフランスに先立って、トゥールーズ~ダカール間を運行していた。僕はそこで路線飛行を習っていた。仲間たちと同じように、僕もまた郵便機を操縦する栄誉を担うまえに、若者たちが受ける訓練を受けていた。数々の飛行訓練、トゥールーズとペルピニャン間の飛行、凍てつく格納庫の奥で受ける気象学のさえない授業。僕たちがまだ知らないスペインの山岳にたいする恐怖と、先輩たちへの尊敬のなかで、僕たちは暮らしていた。
 僕たちがその先輩たちとレストランで出会うと、彼らは無愛想に、すこし冷ややかに、見下して、僕たちに助言を与えてくれていた。ダリカントかカサブランカから戻った先輩が、革の服を雨でぐっしょりぬらしながら、遅れて僕たちと一緒になったとき、僕たちの一人が遠慮がちにかれの飛行について尋ねた。彼の勇敢な返事は嵐の日々についてだった。僕らは想像を絶する世界を頭に描いた。それはたくさんの罠や落とし穴、突然現れる絶壁、ヒマヤラ杉を根こそぎにする大気の渦なんだ。黒いドラゴンたちは谷の入り口を守り、稲妻の束は山の稜線で冠のように光っていた。その先輩たちは巧みな操縦技術で僕たちの尊敬を集めていた。だが時として、彼らのうちの一人が帰還しないがために、永遠に尊敬し続けることになる場合もあった。


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 地球はあらゆる書物よりも深く僕たちについて教えてくれる。地球が僕たちに抵抗するからだ。人間は障害物と力を競うとき、自分を知る。ただし、その達成には道具が必要だ。鉋(かんな)や犂(すき)が必要だ。農夫は耕作することで、自然から少しずついろいろな秘密を掘り出す。しかも彼が掘り出した真実は普遍的だ。同様に、空路の道具である飛行機も、古くからある諸問題のなかに人間を連れて行く。
 アルゼンチンで僕は最初の夜間飛行をした。そのときのイメージは今でも目に浮かぶ。それは星々のような孤独の明かりが闇の平原にきらめく、すばらしい夜だった。
 それぞれの明かりは、その広大な闇の広がりのなかで、意識の奇跡というものを知らせていた。あの家では、本を読む人や考え事をする人や打ち明け話を続ける人がいた。ほかの家では宇宙を計測しようとする人やアンドロメダ星雲の計算で疲れ果てている人がいたかもしれない。あそこでは愛している人がいた。点々と輝いていたのは糧を求めている田園のともし火だった。詩人や教師や大工の控えめなともし火までもがあった。でも、活気ある星々の間には、いくつもの窓が閉ざされ、いくつもの星々の明かりが消え、幾人もの人間たちが眠っていたのだろうか. . .
 再会をしっかりすべきだ。田園で点々と輝いているともし火の幾人かと、しっかり意思を通じあうようにしなければならない。


人間たちの地球 



       人間たちの地球

       サン-テグジュペリ 作  
        宮之森 恭太 訳 



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